ポールとオノ・ヨーコの確執は終わった? ABCNews

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http://abcnews.go.com/blogs/entertainment/2013/10/paul-mccartney-on-ending-feud-with-yoko-ono/

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ローリングストーン誌のインタビューでポール・マッカートニーは、オノ・ヨーコに対する長年の恨みは、もうないと発言している。

彼はオノ・ヨーコをBadaと呼ぶらしく、「バダ、もしジョンが彼女を愛していたのなら、そこに何かがあったのだろう。彼は馬鹿じゃない。これから何をする? という感じだ。恨んでないのに、これから恨むわけがない」

また、ジョージなどの他のメンバーからは後年、彼女を許すように促されていたという。

 

 

実は、解散については去年、ポールがインタビューで「彼女がいてもいなくても解散していた」と述べている。





「彼女は前衛的な考えを持っていて、彼に新たな道を示した。だから、それはジョンが離れる時だったんだ。彼は絶対に出て行った。彼女がいようがいまいが」

 

火曜日、オノ・ヨーコはそのポールのコメントについて、衝撃を受けたとコメントした。

解散から40年。オノ・ヨーコを許すというポールの言葉だった。

彼女がコメントしたのは、英のThe Times。

”I was very, very thankful,  とてもとても感謝している。

I mean, I was shocked. つまり、とてもショックを受けた。

I thought, ‘Now you are saying it? 私は、「今それを言うの?」と思った。

Now, after 40 years?’ But it was very good. もう40年もたっているのよ。でも、それは良かった。

In the atmosphere that the world created for us, it was not easy for him to say something like that.”

私たちが作った世界の雰囲気の中で、そう言うのは簡単なことじゃなかったから。

 

 

しかし、解散問題の他に、ソングライティングの権利(クレジット)についても長年争っていたはずだが、それも水に流すのだろうか。

2003年、ヨーコは新DVDの『Give Peace A Chance』のポールのクレジットを外した。

理由は、ジョン・レノンが作詞作曲をし、プラスティック・オノ・バンドでリリースしたため。

しかし、69年当時はまだビートルズメンバーだったため、慣例としてレノン・マッカートニーのはずだった。

以前にはポールが「レノン・マッカートニー」を「マッカートニー・レノン」としたことでヨーコと大もめしている。

 

 

 

 

 

 

 

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