コラム

ドイツ首相、移民政策の失敗を述べる。 そこで、国境のない世界を夢想してみる。

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メルケルがドイツの移民政策の失敗を公式の場で述べました。
彼女が言う、多文化主義、多文化共生社会とは何でしょうか。

ドイツは2005年から移民法として、ドイツ語、法律、文化、価値模範などを習得する統合コースを全国で実施していて、欧州諸国のモデルたろうとしてきました。
日本でも移民政策に関してはドイツの専門家を招いてカンファレンスなどを開いています。

しかし、現実は厳しいもののようです。
統合コースをドロップアウトするものが多く、とくにドイツ語を必要としない移民地域の人々は、モチベーションを保てないようです。
また、レベルがばらばらの人々がひとつの教室で学ぶと、内容がまったくわからないという事態になるようです。

「ドイツ国民は一つの民族」?
そもそも、ドイツ国民の間で、この移民法を認めているかどうかは、答えが出ていません。国民はドイツという国は「一つの民族、一つの運命共同体」と信じています。
しかし、現実は一割が移民という「移民国家」。

これは、先進国が抱えるテーマでもあります。

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本などは、常に移民の問題を抱えています。
そして、移民に対する嫌悪感を持ちます。
それはなぜか。

国民は、自分たちが築き上げてきた文化を守ろうとする意志があります。
そのため、ドイツでは生活保護で昼間、街を歩いている移民に対する嫌悪感、移民地区の激しい学級崩壊問題などのニュースに対する危機感などがあり、ネオナチの移民襲撃事件も多発しています。

アメリカは伝統的に移民の国であり、ニューヨークは常に移民の玄関口でした。
最初はオランダ人、次にイギリス系プロテスタント、アイリッシュ、ドイツ系、イタリア系と変わっていきますが、新しい移民に対しては必ず差別があり、しばらくして次の移民がくると、標的が移っていきます。

日本では80年代、中国、韓国の出稼ぎ労働者を問題視していましたが、今は明らかにそのころのイメージとは変わってきています。

国のイメージが変わる

もし遠い未来、世界に国境がなくなり、世界がひとつの国のようなものになると仮定します。

言語は何でしょうか。
英語でしょうか。
英語を基礎としたエスペラント語のようなものでしょうか。

かつての国境跡はどのような扱いでしょうか。
州のようなものでしょうか。

仕事のある都市部には周辺から人が集まるのは、日本であれば地方から東京に出てくるようなもので、トルコからベルリンにやってくるのも、そのような感覚になるのでしょうか。

日本では今、日本語を守る、日本文化を守るという意見に対して異をとなえる人はなかなかいません。

しかし、もし、未来のそのとき、日本に多くの外国人が住み、その多くの外国人や混血した人々が住民の大半を占めるようになったとき、どうなるのでしょうか。

異をとなえる人が少数派になるとき。

でも、それが未来かもしれない。

ジョン・レノンが言う、「国境のない世界」と、相対する「言葉、文化(国)を守ろう」という世界。

今、世界の人々に聞けば、大半の人が「言葉、文化(国)を守ろう」に一票を入れるような気がします。
現実問題として、移民に対する気持ちは大昔からそれほど変化していません。

変わるのでしょうか。
それともこのままでしょうか。
このまま、「ここは私の国」と主張して、土地争いをし続けるのでしょうか。

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