「チフス・メアリー」の息づかいが聞こえる廃墟の島。

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http://www.dailymail.co.uk/news/article-2349350/Banished-New-York-30-years-The-eerie-photos-North-Brother-Island-East-River--Typhoid-Mary-forced-live-isolation-nations-healthy-carrier-disease.html

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ニューヨーク、イーストリバーにあるノース・ブラザー島。

メインストリートは草で覆われ、廃墟となった礼拝堂や遺体安置所、発電所などがある。

 

ここは、「チフスメアリーの伝説」の島だ。

 

1907年、見た目が元気なコックのメアリー・マロンは、ニューヨークで最初の腸チフス・キャリアと認定された。

彼女が働いていたのは、銀行家のウォーレン家。

1906年の夏、休暇のときにメアリーをコックとして雇った。

その後すぐにウォーレン家の娘が腸チフスになった。

腸チフスは洗ってない手から料理を通じて感染するか、便から感染する。

そのため、まずメアリーが疑われた。

しかし、その後女中や庭師、ウォーレンの別の娘が次々と感染。

家にいた11人中、 6人が感染した。

 

メアリーは感染してなかったが、理由がわからなかったので、逃げた。





そして捕まった。

 

彼女はノース・ブラザー島に隔離され、裁判にかけられた。

何も法律を破っていなかった彼女に対し、裁判所は、無期限に島に監禁するよう命じた。

 

彼女は天然痘患者やヘロイン患者を隔離するリバーサイド病院に隔離された。

記録では彼女の生涯で、コックとして51人を感染させ、3人が死亡したとされている。

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隔離されて数年がたち、1910年に彼女は解放された。

コックの仕事はしないというのが条件だった。

しかし、実際は彼女に仕事はなく、やがて料理人に戻っていった。

 

そして、1915年、マンハッタンのある病院で腸チフスが発生する。

25人が感染し、2名が死亡。

 

疑われたのは、最近雇われたコック、ミセス・ブラウン。

彼女こそ、メアリー・ブラウンだった。

 

そのころ世間では、彼女が健康な腸チフスキャリアであることが知られていたので、同情の声もあったという。

彼女は腸チフスのウイルスを持っていても体に異変はなく、常に健康体だった。

しかし、彼女が料理を作れば、人々は感染する。

 

彼女は改めて北ブラザー島へ送られた。その後23年間、島から出ることはなく、寂しく、結婚もしないままで生涯を閉じた。

 

島はその後、さまざまな形で再利用されたが、1963年に完全に放棄された。

 

マンハッタンの北方、かつて荒れに荒れていたブロンクスのイーストリバーに寂しく浮かぶのがノース・ブラザー・アイランドだ。

ブロンクスは少しずつ地元住民による再開発が進んでいるため、もしかするとこの島も再開発される日がくるかもしれない。

 

島には彼女が晩年をおくった建物が残っていて、チフス・メアリーの伝説を知る人々にとっては、心揺さぶられるスポットとなっている。

 

 

 

 

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