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追悼 BUCK-TICK櫻井氏 若いころ好きだった音楽を否定して、俺も生きてきた。ごめんなさい。

ByRem York Maash Haas

10月 31, 2023
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BUCK-TICKの櫻井さんの死にショックを受けたのはもちろんだけど、例のくるり・岸田氏の発言に対するニュースにもやもやしている。

私は「嫌だな」と感じてしまった一人だからだ。

一方で、まわりの人は「騒ぐようなことじゃない」という意見もあり、「そうかなぁ」と思いつつ日々過ごしている。

このもやもやの原因を考えてみた。


私も、49歳、昭和49年生まれの男性として、BUCK-TICKは「そんなに掘り下げて聴いていたわけじゃない(くるり・岸田)」と表現できるかもしれない。

でも、振り返ってみると、デビューシングル『JUST ONE MORE KISS』を買っている。

さらに、『悪の華』は今もなんとなく歌えるし、ギターリフは練習もした。

『JUST ONE MORE KISS』は中学2年生。1988年。

中1でBOOWYにハマった私は、順調にバンドブームの流れに乗り、少しずつデビュー組にハマっていった。

デビュー組とは、その年(1988)にデビューしたジュンスカイウォーカーズ、ちょっと前だけどユニコーン、そしてBUCK-TICKだ。※アルバムは2年前に出している

自分にとってのバンドブームはこの年から始まっているけれど、大人になってから、「バンドブームはハウンドドッグやボーイも含む」と言われたときはショックだった。それほど、この年以降のバンドブームに強い思い入れがある。

このころ(1987??)の年末のクリスマス番組で簡単に紹介されたジュンスカ、ユニコーン、スーパーバッド。まだロックフェスの面子は渡辺美里、TM、レベッカ、バービーボーイズという売れっ子たちだったころ。


1988年の同番組は何度も観た。BUCK-TICKは『JUST ONE MORE KISS』、ユニコーンは『ペケペケ』、アップビートもストリートスライダースも出てる。

NHK POPS & ROCK 1988 ライブスペシャル出演者 爆風スランプ/THE CHECKERS/BARBEE BOYS/松岡英明/UNICORN/PRINCESS PRINCESS/VOW WOW/REBECCA/TM NETWORK/聖飢魔Ⅱ/米米CLUB/大沢誉志幸/PSY・S/岡村靖幸/BUCK–TICK/THE HEART/UP–BEAT/RED WARRIORS/THE STREET SLIDERS/渡辺美里

この少しあとから、バンド形式の若手バンドが売れ始める。

アップビート、GDフリッカーズ、THE BOOM、ZIGGY、アンジーと、デビューはバラバラだけども、同じ時期に売れ始めた。先輩のブルーハーツもだ。

そんな彼らの情報を得るのに、ネットがない時代、雑誌だけが頼りだった。

その筆頭が、『パチパチ』だ。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/v1110590832

大きな紙面に上質の紙。写真集のようなサイズでアーティストたちの写真が掲載されていた。

中学2年の私にとっては、「この雑誌の出ている人たちはきっとみんな素晴らしいのだ」となり、レンタルしてはハマっていくというサイクル。

そして、パチパチがデビュー当時から推していたのがBUCK-TICKだった。

だから私はきっと、デビューシングルを買ったのだ。

メンバーの薬物使用は当時、相当なインパクトがあった。

それでも、復活シングルの『悪の華』をしっかり覚えているのだし、それも聴いていたのだ。

その後、ユニコーンがメジャーになり、ブルーハーツも人気となっていくなかで、BUCK-TICKはたしかに、大きな人気を得ることはなかった。

私は高校生になると少しずつ洋楽を聴き出して、「エルトン・ジョン」とか、「デビッド・ボウイ」とかに向かっていくと、自分の中のバンドブームも静かになっていく。

でも18歳くらいまで地元のロックフェスには行き続けていたから、完全に閉じたわけではないけど、少しずつさよならしていったと思う。

みんなそうだ。

いつからか、中二病を発病して、おしゃれな音楽に向かっていく。

そして、昔聴いていたアーティストに対して、「ちょっとは聴いてたけど」くらいの存在にしていく。

もやもやの原因はそこだ。

思い出せば、そのときは目を輝かせて聴いてたのに、「ちょっとは聴いてたけど」と否定していくこと。

しかも、あのバンドブームを経験していない人は、バンドブームに対して、「おしゃれじゃない」というイメージで捉える人が多い。

その後に出てきた渋谷系とかラップとかに押されて、たしかに消えていったのがバンドブーム。

だけど、中学2年生、3年生の多くの同級生が聴いていたのは、バンドブームでもない、少し前の世代のアーティストで、彼らが本格的にバンドブームに入っていくのは高校生になってから。

自分にとって、「もっともおしゃれな、最先端の音楽」がバンドブームだったのだ。

そして、それを誰にも言えないのが、悲しい49年生まれ。

共感してくれる人が誰もいない。

岸田氏は私より2年若く、BUCK-TICKデビュー時は小学校6年生。

1990年の『悪の華』は中学2年だから、そのころのBUCK-TICKを知っているのかもしれない。

その後、薬物のこともあってか、あまりTVに出なくなっていったBUCK-TICK。

だから、櫻井さんの死によって、「あのころむちゃくちゃ聴いてました!」という声が少ないのはわかっている。

わかっているから心配だし、「あのころむちゃくちゃ聴いてました!」という声を聴きたいという気持ちがあったのかもしれない。

そんなときに、「そんなに掘り下げて聴いていたわけじゃない(くるり・岸田)」という言葉は、不安的中というか、聴きたくなかった一言だったのだ。

嘘でもほんとでも、「『悪の華』は本当にかっこよかった」と言ってほしかった。きっと、聴いてたときはそういう気分だったはずだから。

少し背伸びして、「俺はこんな音楽聴いてます」と見栄を張るのが中二病であり、だとすると俺の中二病は19歳以降だと思う。本当に好きで聴いているものばかりだったけど、「おしゃれかどうか」を判断基準に挿入していた。一方で、中二のときに聴いていたバンドブームは、ただひたすらに純粋に好きかどうかで選んでいたものばかり。

だから、「俺は中二の時にこんなおしゃれな音楽聴いていました」と自慢できない。

そうやって長い間過ごしてきたけど、40歳を過ぎたころから、ちゃんと振り返るようにしている。

アップビートのアルバムを買い直し、歌い、アンジーを歌い、ユニコーンやプリプリを聴き直した。

他人から、そういったアーティストたちを馬鹿にされると、やっぱり腹が立つ。

あのバンドブームに乗らなかった人の意見だからだ。

同時に、あの頃大好きだったのに、それを否定してきた自分にも腹が立つ。

反省したから、『抱きしめてTonight』も、『One way generation』も、『マイ・レボリューション』も、『Show me』も『Waku Wakuさせて』も、もう否定しない。いや、もうすでに数年前から再び歌い始めている。

大人になって、幸運にも音楽業界の仕事にも携わり、バンドブームを支えた名プロデューサー佐藤剛さんに出会って、大変お世話になった。今年残念ながら亡くなってしまったけれど、剛さんとの二人の思い出を噛み締め、バンドブームの栄光を心に秘めまくって生きていく。

佐藤剛さん、BUCK-TICKの櫻井さん、本当に素晴らしい時間をありがとうございました。


N. N

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