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1988年の音楽者たち。

ByRem York Maash Haas

10月 12, 2021
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今の音楽アーティストも芸能人も、コンプライアンス重視であって、そこからはみ出たものは生きていけない。

「私は普通で、常識があります」という姿勢が必要で、テレビに出てくる音楽者たちも非常にいい子たちばかりだ。

最近はサブスクのおかげで、家の中ではラウンジ・ミュージックを流したりしているが、ピアノなどのコード演奏をするときに弾きたくなるのは、なぜかバンドブームの曲だ。

そして、彼らのことを思い出すたびに、「狂気」みたいなものを感じて、嬉しくなる。

はみ出し者。

常識外。

それが彼らの代名詞だった。

私は現在46歳。音楽を聴き始めたのは小5くらいに放送していたMTVから。

そのうち、兄が聴いていたBOØWYの『ビート・ジェネレーション』からカセットテープとの付き合いが始まり、そのままバンドブームへと浸かっていく。

バンドブームという言葉がBOØWYも含むことがあると知ったのは大人になってからで、自分にとっては1988年ごろ。

つまり、BOØWYが解散してからだ。

1987年の12月、BOØWYが解散宣言をして、最後のシングル『季節が君だけを変える』の歌詞が雑誌・明星の歌詞本『Young song(通称ヤンソン)』に悲しく掲載されていた。

同じ号に掲載されていたのは、ブルーハーツ。曲はデビュー曲『リンダリンダ』だった。

魚眼レンズを睨み付けるこのパンクな人たちを見ながら、「変わった人たち…」という感想しか持たなかったが、掲載していることを覚えているのだから、インパクトは凄かったのだと思う。

春、大麻で逮捕された尾崎豊が復活ライブを東京ドームで行う。

ジュンスカイウォーカーズがデビューし、ユニコーンは2ndアルバム『パニック・アタック』をリリースした。

当時NHKではジャストポップアップという音楽番組をやっていて、クリスマスに特番(名称は『POP & ROCK 1988 ライブスペシャル』)をやっていた。

これをVHSというビデオテープに録画して擦り切れるまで何度も観るのは当時の中高生の定番メニューで、音楽雑誌PATi PATiも音楽ファンならみんな買っていた。

アーティストを「アーチスト」と表記していたこの頃。

勢いのあるバンドとして、番組では3つのバンドを紹介していた。

これが、私のバンドブームの始まりだ。

紹介されたのは、ジュンスカ、ユニコーン、スーパーバッド。

ジュンスカでは『すてきな夜空』のMVが流れ、ユニコーンはたしか『I’M A LOSER』。先輩格のユニコーンは、この特番で『ペケペケ』を披露している。

ジュンスカもユニコーンもこの後しっかり有名バンドになるけれども、明るくて情熱的で8ビートでノリがいい、この後のバンドブームが後追いするスタイルは、ユニコーンから始まり、ジュンスカが続いていった感じがする。

当時中学生なので、どれくらい似たようなバンドが存在していたかはわからないけれども、まだまだ日本の音楽業界は真面目だった。

他に、クリスマスポップジャムではバンドだけじゃなく、渡辺美里、TMネットワーク、岡村靖之(曲は『BIBLE(聖書)』だとずっと思っていたけど、『19』らしい。『BIBLE』は1988年10月放送)などが参加していた。

プリンセス・プリンセスは名曲『19 GROWING UP』を披露していた。アルバム『LET’S GET CRAZY』を出したばかりだったけれども、TVドラマの主題歌に『GET CRAZY』が採用されたばかりで、知名度は抜群だった。

呼ばれなかったブルーハーツは、コアファンを集めていた。そして、1988年、クリスマスポップジャムの少し前に『TRAIN-TRAIN』をリリース。

ファンのみが知るような、知る人ぞ知る名曲だったが、2ヶ月後の1989年1月にドラマ『はいすくーる落書』の主題歌に採用され、ついにヒットした。

バンドブームは、完全に始まりを告げたのだ。

そして、「狂気」のアーティストたちが続々と出てくる。

ストリートスライダース、UP-BEAT、ボ・ガンボス…。

スライダースのデビューは1983年。『Baby, Don’t Worry』でクリスマス特番入り。

BOØWYの後継者としてはUP-BEATとBUCK-TICKだった。

BUCK-TICKはクリスマスポップジャムの特番の前にシングル『Just One More Kiss』を発売し、見事出演に成功している。

UP-BEATは『DEAR VENUS』を同時期にリリースし、特番入りした(歌ったのは『HERMIT COMPLEX』)。

どのアーティストもどこかスイッチが入っているというか、ゾーンに入っているというか、その世界を本気で生きているようにみえた。自分が中学生だったかもしれない。雑誌のインタビューがアーティストたちを酔わせたのかもしれない。

業界の大人たちには違った景色だったかもしれないが、中学生には飛び抜けて個性のある人たちが、別世界の人物にしか見えなかった。

そんな彼らの作るバラードは、どうしてなのか、今聴いても泣けるものばかり。

これは、コンプラ重視のアーティストには書けない。と思った。

ボ・ガンボスの『トンネル抜けて』、アンジーの『銀の砂時計』、ジュンスカの『言葉につまる』、ユニコーン『FINALLY』、UP-BEAT『Two Alone』。鬼頭径五『Train (Good bye Juke)』。

ボ・ガンボスの『トンネル抜けて』はリアルタイムで聴いていない。「派手な人たち」というイメージしかなく、ボーカルのどんとを沖縄で見かけたのをよく覚えていただけだった。

バンドブームが終わり、大人になって、知ったのが『トンネル抜けて』。

なのに、当時のバンドブームを思い出すのに、いい曲となっている。

今、一息つきたいなら、『トンネル抜けて』。

もう誰も作れない、奇跡の曲。

1988年のクリスマスごろの彼らは、バンドを結成してレーベルと契約したばかり。

4月1stアルバムをレコーディングし、『トンネルぬけて』は収録された。

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