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車のノースアップ、ヘディングアップでは、地図感覚がこんなにも違う

ByRem York Maash Haas

10月 5, 2020
beautiful beauty blue brightPhoto by James Wheeler on <a href="https://www.pexels.com/photo/beautiful-beauty-blue-bright-414612/" rel="nofollow">Pexels.com</a>
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友人とある件で論争になった。

「交差点の北側にある交差点は『隣』とはいわない」「『隣』と呼べるのは東西に隣の交差点だけ」という内容のものだ。

私は実際に存在する、ある交差点から見て、北側の隣にある交差点を「隣の交差点」と呼んだ。そのことで、友人は混乱したという。道は南北に走っていて、その道に対して何本かの道が東西に角度をつけたりつけなかったりしながら交差している。

グーグルマップをお互いに見ながら話していて、友人は「隣っていうから、東か西にある隣の交差点のことかと思った」という。

「どうして?」ときくと、教室や飛行機の中のように、隣は右か左ものだからだという。

だとしても、実際に交差点に立つと、どっちを向いているかは自由だし、わからないわけだから、その向きによって右や左にあるものは変わってくる。私自身、平面の地図で見て、その交差点に立っている情景を思い浮かべながら、「隣の交差点」と言っている。

だが、碁盤の目で東西南北になっているのは京都や札幌の話で、NYは碁盤の目ながら角度が傾いていて、正確に東西南北にはなっていない。

また、ほとんどの道がくねくねと曲がりくねっていて、正確に東西南北になっていない。

「斜め上にあるのは北か東か判断できないけど、それは隣じゃないの?」

ときくと、「それは隣の感じがする」と言った。

面白いのは、実際に車で走っているときはまた違うという。

車が向かっている方向にある交差点は隣ではなく、向かっている方向から右か左にある交差点だけが隣で、もし東西に向かって走っているときは、南北側にある交差点が「隣の交差点」になるらしい。

だとすると、グーグルマップで東西を走っていると想定すれば、私の言った交差点は隣になるはずだ。

その件について指摘すると、グーグルマップの地図上では違うという。あくまで、北を上にして、右と左にある交差点を隣と思うという。

それがどうしても納得いかず、「北を上にして右左が隣とはどこからきているのか」という謎を解くべく話を聞いていると、グーグルマップのような東西南北が固定されている地図(PCやiPhoneで見る場合)でも、彼は「車で北を走っているイメージ」なのだという。そして、他のみんなもおそらくそうだという。

どうして「車で北を走っているイメージ」で平面の地図を見ているのか、まったく理解できなかったが、そもそも平面の地図をドライバー視点で考えていることにも疑問を抱いた。

地図はドライバーだけのものじゃないし、歩行者も見る。歩行者の進行方向なんて自由で、顔の向きも体の向きも北に固定なんてされていない。

たとえ平面の地図を見ていても、知っている交差点の話になれば、そこの風景を思い浮かべて考えたりもする。車に乗っているか、立っているかは人それぞれだ。

とりあえず、ここでその日の論争は終わった。

翌日の朝、車を走らせていた。

固定された地図において、「車で北を走っているイメージ」とは何なのだろうと考えていた。目の前には車のナビ画面。

そこでふと気づいた。

友人は、地図をヘディングアップにしている。

私は、ノースアップだ。

友人の場合、常にナビ画面で矢印は上方向を向いている。そして、右に曲がるか、左に曲がるかの指示を待つ。

実際の東西南北はまったく把握していない。

地図はぐるぐるまわり、自分が今どこにいるかはあまり気にしない。

今の自分にとっての向いている方向と曲がるべき方向が大事なのであって、道の「北側に何がある」とか、「東側に何がある」とかはどうでもいいのだ。

彼は、この感覚をグーグルマップの画面で使っていたのだ。

たとえ平面の地図が東西南北で固定されていても、彼の感覚としては、上に向かう進行方向と、右か左かで地図を見る。車のヘディングアップのナビのように見るのだ。そうすると、地図上に南北に走る道がある場合、彼はその道を北に向かって走っているイメージになる。

そして、右か左に何があるかどうかという感覚になる。

向かっている先にある交差点は、「次の交差点」になる。

一方、ノースアップで地図を見る場合は、ナビ画面でもグーグルマップのように東西南北は固定されていて、一切変化しない。

その中で、矢印の方向だけが変わる。

私の場合、向かう方向も曲がる方向も、なんとなく東西南北を意識しながら曲がる。また、一地点からまわりに何があるか考えるときも、東西南北で考えている。私がどの向きを向こうが、位置関係は変わらないのだ。

地図においてずっと上側に向けて走っているという感覚もない。矢印はいろいろな方向を向く。

だから私にとって、ある交差点から斜め上にある次の交差点も隣。南側にあるのも、東側にあるのも隣。歩行者が交差点に立ちどまり、それぞれの交差点を見て隣の交差点と思うのと同じだ。進んでいる方向を前提にしていない。

この感覚の差に気づいて、ただただすっきりした。

昨日の友人の話を、車のヘディングアップのナビ画面のことだとして聞き直すと、完全に納得ができた。

結論としては、車のナビをノースアップにするのも、ヘディングアップにするのも、どちらも問題ない。それぞれの利点がある。今はヘディングアップの人が多いという。

問題があるとすれば、ヘディングアップの人がナビ画面と平面地図を同じように見ることだ。

ノースアップの人は、ナビも平面の地図も同じように見る。仕組みが同じだからだ。もし、ヘディングアップの人が、平面でも同じように「前に進んでいくナビ画面」のような感覚で地図を見ると、ノースアップの人と意見の食い違いが出るかもしれない。

さらに、車の運転をしない人たちも大勢いるわけだから、その人たちとも話が合わなくなるかもしれない。

でも、ノースアップにしている人は、私のように若い頃、マップ本をよくみて旅したりナビをした世代だけなのかもしれない。そうならば、そのうちこの感覚も絶滅してしまうから問題ない。

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