ハマス・ガザ紛争と舞台「屋根の上のバイオリン弾き」の関係
世界で愛される舞台「屋根の上のバイオリン弾き」と、イスラエルとハマスが争うガザ紛争。それが、どう関係するのでしょうか。
ビデオは1分あたりから、「Sunrise Sunset」という悲しい歌が流れます。
悲しくも悲しい、哀愁がすさまじいばかりの歌ですが、この「屋根の上のバイオリン弾き」という舞台は、やはりすさまじく哀しい物語です。
舞台は、今のウクライナにある小さなユダヤ人集落。
当時、ポーランドからウクライナにかけて、ユダヤ人は非常に多く住んでいて、自治集落を形成していました。どちらもロシア帝政が支配していたころが舞台ですが、この頃、ポグロムというユダヤ人排斥が多くありました。理由はさまざまですが、ウクライナの地元住民の反ユダヤ感情を利用し、ユダヤ人をロシアから追い出すことが目的でした。舞台の物語では、主人公となる一家の住むユダヤ人村から、住民を追い出すだけですが、実際の史実として、罪のないユダヤ人が多く殺されたそうです。
そして、恨みを持ったユダヤ人の生き残りは、ウクライナ南部のオデッサやドイツ方面、アメリカに移住し、後に多くの人がイスラエルに渡ったのでした。
しかし、その哀しいエピソードも、現代には様相を変えていきます。
ロシアにはソビエト時代も多くのユダヤ人が残り、政治や経済で台頭しては弾圧、というのを今も繰り返しています。一時は両国の国交が断絶し、行き来はできなくなっていましたが、国交回復後の1988年ごろから、ロシアのユダヤ人がイスラエルに大量に移民(およそ100万人)しました。
イスラエルでのユダヤ人人口(500万人)をパレスチナ人人口(ガザ、ヨルダン川西岸含み500万人、1人の女性が産む子供は7.8人)に圧倒されないための政策と、イスラエルに移民したいロシア系移民の思惑が一致したためでした。しかしそれが、ガザやヨルダン川西岸などパレスチナ自治区に多くの入植地を強引に作る要因になったのです。
入植地問題は、パレスチナ自治区にとって、パレスチナ人にとって、非常に大きな問題です。