パリ・コミューンで生まれた「インターナショナル」フランス語版

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「インターナショナル」が生まれた1871年のパリは、歴史上、市民が最も熱くなったと言っても過言ではないでしょう。
フランス帝国軍は当時の強国プロイセン(ドイツ北部の国)に敗北。パリは包囲されたまま、国防軍は戦うものの降伏します。
パリ市民はそれを認めませんでした。
市民は市民のための政治を行うことを宣言し、選挙を行うなど国家パリ・コミューンを誕生させました。
労働者による国家を目指していたカール・マルクスらの「第一インターナショナル」の影響を受けていたとも言われています。
しかし、パリはドイツ北連邦軍に包囲されたまま、フランスの国防軍によって攻撃され、多くの血を流し、72日間という短い革命政権は終わりを告げました。
このパリ・コミューンで、一般市民から生まれたのが「インターナショナル」。
やがてこの歌はソビエトの国家になるなど、世界中に歌詞が翻訳され、ひろがりました。

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