当時16歳、未成年のケイト・モスは、ヌードを命じられて泣いていた。
英米のメディアがケイト・モスをとりあげている。
その理由は、彼女がデビュー当時のヌードについて語ったため。
1990年、彼女がキャリアをスタートさせたとき、誰もがそのヌードショットに目を奪われたが、彼女が望んでいたものではなかった。
なぜなら、彼女はそのとき16歳。
ヌードになるかどうかを判断できるような年齢じゃなかったからだ。
1990年のフェイス・マガジンズに掲載されたのは、コリーヌ・デイが撮影した16歳のケイト・モス。
決して幸せそうな顔はしていない。
彼女が最近、バニティフェアに語ったのは、その当時のこと。「当時の私を見て、服を脱げと頼むのはおかしい感じ」
「でも、彼らはもし脱がないならもう君を使わないと言った。私はトイレに閉じこもり泣いた。そして出て行って、脱いだ。快適と言えるものではなかった」
2年後、彼女は精神病院の世話になった。
「メンタル面で誰も助けてくれない。ただ大きなプレッシャーがあるだけ」
そして、業界は今も何も変わっていない。とモデル組合(a model and founding chair of Equity’s Models’ Committee)のビクトリア・キオン・コーエンは語っている。
16歳の少女が45歳のカメラマンに写真を撮ってもらうために、事務所が「彼と寝るべきだ」と考えることもある。
はたして、このケイト・モスの告白は、業界に影響を与えるのか。
ヌード=アート?
それにしても、ヌード写真がモデル業界に多いのはなぜなのか。
それはもしかすると、写真登場以前の絵画の世界に原因があるかもしれない。
画家は修業の途中で、人体を正確に描くためにヌードを描く。
そして、ヌードそのものを作品化することも多くなる。
ヌードはスキャンダルであり、娯楽だった。
見る価値のあるものだった。
しかし、実際はヌードでなければいけない理由など、ほとんどない。
なぜヌードなのかといえば、描き手が男だったから。
というしかないのだ。
写真という表現手段が登場してからも、アート系の写真を気取りたくなると、「ヌードを撮る」と単純化する傾向がある。
芸術の香りがするからだ。絵画のような芸術に近づける。
だが実際は、その絵になんの意味もない。
気取っているだけだ。
未だに欧米のアートフォトやモデルのファッションフォトはヌードが多い。
ハリウッドの世界ではだいぶヌードが減ったが、それに比べて遅れているのかもしれない。
ケイト・モスはヴェニティのインタビューを通して伝える。
「すべては大人たちのしわざ」
美しい世界ではない。
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