新聞は死にゆくのか。 ABCNEWSで議論。

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ワシントン・ポスト紙の買収はアメリカでも議論の的になっていて、ABCNEWSでは関係者を集めてディスカッションを行った。

参加したのはワシントン・ポストで40年間コラムニストを務めるジョージ・ウィル氏、ニューヨーカーの編集者で、過去に、10年間ワシントン・ポストに努めていたデビッド・レムニック、ブルームバーグのコーリー・ジョンソン、ハフィントン・ポストの編集長のアリアナ・ハフィントン。

ハフィントン・ポストは過去に、ワシントン・ポストよりも高額で売却されている。

アリアナ「あっという間に新しいブランドが生まれる時代。ワシントン・ポストはマスメディア界の歴史的、伝説的な存在。でも、ここ数年の新しいブランド、ツイッター、インスタグラムを見てください。ハフィントン・ポストの誕生も含め、マスメディア界のあり方を変えてきた」

 

 

司会者「たしかに、タンブラーやインスタグラムはワシントン・ポストの時価総額より高く評価されているが」

ジョージ・G「NYタイムズはボストン・グローブを11億ドルで買収した。そして先週、7000万ドルで売却した。タダ同然だ。ベゾフ氏は凄い実業家だが、センスはないかもしれない。動機は明らか。ただの知的なチャレンジだ」

 

 

司会者「ワシントン・ポストのオーナーであるドナルド・グラハムは、紙への愛着が強く、廃業したくなかったという。彼は今回の件を悲劇だと表現したが、レムニックさんはこの件で記事を書きましたね」

 

レムニック「ワシントン・ポストは毎年のように購読者が減っている。発行部数も減少。しかし、それに対してまったく対抗策が打たれてこなかった。全国レベルの発行を検討したり、ポリティコを取り込んだりしても、回避できたかはわからない。NYでは状況が異なるが、NYタイムズも問題を抱えている。ベゾフ氏は革新的な人物だが、新聞に普遍性を持たせることができるのか、興味深い」

 

 

ジョンソン「ベゾフ氏を知っている人に話を聞くと、皆、頭のいい人だという。ヘッジファンドの運用者や、企業のトップがいう。頭の回転がいいらしい。興味深いのは、彼がビジネスを本から始めたことだ。ネットなら何でも売れるのに、本を売った。当時は大手書店との競争なんて出来るわけがないと考えられていたが、今ではとんでもないことになっている。会社のミーティングは勉強会から始まるという。数十億ドルの計画を持ってくるという。グラフもパワーポイントもなしで。メモを黙って読んで議論する。言語が好きなんだ」

 

 

アリアナ「でも、本当に流通に長けているのでしょうか。さまざまな流通媒体を使って、素晴らしいジャーナリズムを確立できるのかが問題です。ネットを使ってより効果的にニュースを伝えられるのか。ネットはそれができるツールだ。それに、時代遅れの右と左の問題を解決できるのか」

 

 

レムニック「ワシントン・ポストは、ニューヨーカーやNYタイムズとともに、最高級の記事を提供している。ブルームバーグ市長はNYタイムズを毛嫌いしている。いつも一面でいろいろ書かれるからだ。でも、彼なら買収する資金力もあるのに、しない(NYタイムズが最高級メディアだから)。ベゾフは買収して新たな価値を出せるのか。私はグラハムの判断を今まで信用してきたが」

 

ジョージ・G「私はアマゾンは書店に打撃を与えたが、本は健在だ。私は400の新聞にコラムを書いているが、ネットでどれほどの人に読まれているのかわからない。ベゾフ氏におしえてほしいものだ」

 

 

以上がディスカッションの内容だ。

なんとなく、議論の対象がずれている気がするのは私だけだろうか。

 

 

誰がその情報を欲しいのか

 

ベゾフ氏は革新的な人という意見は一致しているが、つまりは本質をいつも探っている人でもある。

本質とは、原点に立ち返らないと見ることができない。

 

アマゾンはネットを使って、商売の本質を問いただした。

問屋と小売りの関係を見直し、ユーザーにとって今の時代にできることを叶えたのだ。

 

では、メディアが、ネットというツールを得た今の時代にできることは何か。

本質に立ち返ると、答えは簡単に出てくる。

「人々に求められる情報を的確に取材し、多くの人に読んでもらえるネットで無料で配信する」

という答えだ。

 

新聞の原点とはどこか。

それは、「必要性」だ。

かつては、ごく小さなエリアの同業者や、村、町の人々に作られていたメモのようなもので、情報共有のために必要だった。

人々が求めていたのだ。

人々が求めている必要性のある情報を提供する。

これがメディアの始まりだ。

 

やがて戦争の情報などを取り扱うことで、新聞というメディアが全国的なものになった。

なるべく多くの人に配りたいが、配送料や印刷費もあるので、料金制にした。

多くの人が読むので、広告媒体としての価値も出た。

 

できれば素晴らしい必要性のある記事をすべての人に読んでほしいので、フリーにしたいと思ったのは、テレビだった。

テレビは今も、無料配信を続けている。

 

新聞は未だにNHKのようだ。多くの人に読んでもらいたいのに、お金をとる。

もし昔に瓦版や新聞を始めた人が、ネットのような多くの人がすぐに読めるツールを手にしたら、すぐに新聞をフリーにするだろう。

そして、素晴らしい記事で多くのファンを獲得し、広告はたくさんもらう。

 

しかし、今新聞社は「料金制でネットで読む」みたいな囲い込み商法を試みている。

この非革新性。ベゾフなら、どう思うだろうか。

 

 

 

どうして刷る必要がある?

 

「必要性」というのは、スピードでもある。

新聞は毎朝出すことで、そのスピード性を維持してきた。

しかし、ネットが出てきた以上、到底かなわなくなった。

でも、スピードは必要だから、多くのユーザーがツイッターや情報サイトで勝手に新情報を拡散させている。

 

結局、新聞も自社のオフィシャルサイトでスクープは出すから、翌朝に刷られたものはもう古い。

「印刷に間に合わせる!」というお決まりの新聞社ドラマはもう存在しない。

 

なのに、新聞は未だに刷り続けている。

 

 

http://www.washingtonpost.com/
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ワシントン・ポストが今の規模のまま、生き残るのはやはり厳しいのかもしれない。

なぜならば、「刷って配る」という費用は、本来必要ないからだ。

また、ネットで得られる広告費の範囲で取材陣の人件費を賄わなくてはならない。

今も中途半端なワシントン・ポストのサイトがあるが、この広告費だけでなんて、到底やっていけないと誰もが思っているだろう。

 

 

さらに、「 刷って配るは無駄だらけ」

と言葉にすると、途端に反論する人々がいる。

「紙は好きだ」というお決まりの文句だ。

でも、ネット住民だって紙は好きだ。でも、新聞はとらない。

 

紙を廃することに関しては抵抗勢力もあるはずなので、巨額の無駄金がしばらくの間、ベゾフを苦しませるだけなのかもしれない。

もしくは、彼が「紙媒体を守る救世主となるか」だ。

本質を探る彼が、一体どちらの選択肢を選ぶのか。それが今後の議論となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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