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木村花さんを追い込んだ「正義感の振りかざし」と「いじめ」

ByRem York Maash Haas

5月 25, 2020
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テラスハウスのファーストシーズンから見続けている一人の男性として、今回の木村花さんの死は非情に心を砕かれ、辛いものだった。

リアリティ番組の特長として、視聴者側は出演者たちの微細な心情を把握しようとする。初登場のときの緊張感を共有し、少しずつ仲良くなったり、喧嘩したりする感情を共有していく。

だから、心の中で誰かを応援したり、嫌になったり、好きになったりする。

もしSNSでその心情を呟かなければ、それで終わりだ。

テラスハウスを思い切り楽しんで、人生に歓びが増える。

私はそうして長いシーズンを楽しんできた。

そもそもツイッターで日頃の何かを呟かないし、インスタグラムのタイトルが自動で表示されるだけだ。

他の人のツイートを見る習慣もない。

だから、出演者がSNS上で批難されることがあるのは知っていても、実際に見たことがなかった。今回の木村花さんの死までは。

コメントを見る限り、アンチと呼ばれる人は、テラスハウスを守りたいと思ったのかもしれない。自分の好きな人たちを守りたかったり、トラブルを起こす人物を排除したかった。また、「正しい人」をテラスハウスに入れたかった。

花さんの死のあと、スタジオコメンテーターを批難したり、番組を批難したり、結局はSNS上でまたリンチのようなことがはじまっている。でも、その多くが正義感だ。SNS上ではじける正義感。それに責められる個人や団体。

ここ数年、この図式が社会や世界を動かしている。

子どもを持つ親として、「いじめはしてはいけない」というが、大人の世の中では結局、正義感をもとにしたいじめが横行しているのだ。そして人の死を生んでいる。

正義感の表明自体に問題はないかもしれないが、それが攻撃になっている場合は、少し立ち止まったほうがいい。

正しいと思ってやっていることが、人を死に追い込むこともあるかもしれないからだ。

番組を観た人しかわからないが、トラブルの原因となった小林快くんは個性的で、同居の数名とうまくいかなかった。しかし、個性を叩くのはいじめの構造と一緒で、彼のような個性的な人をテラスハウスには認めないという気持ちも同居人たちにはあったかもしれない。また、視聴者側は快くんの側に立つ人もいて、花さんの行動を問題視した。

花さんの死のあとに考えれば、快くんを卒業に追い込んだのも「大人のいじめ」だったのかもしれない。

木村花さんには木村響子さんという親がいて、二人の人生があった。

響子さんの引退試合での二人の絡みは微笑ましいし、花さんのその後の活躍も素晴らしい。

輝いていた22歳の若い女性が、ある日突然、メディアとSNSが原因で死んだというのは、親からすると怒りのぶつけようがない。

社会のシステムに問題があると思うしかなく、そうなると世界を構成する大人たち全員に責任がある。

だれか一人や団体を責めるのではなく、自分の問題だったと誰もが思うべきだ。

SNSは存在していい。だが、ストレスのはけ口としての役割が勝つなら、本当に必要だとは言えないはずだ。

正義感が結局は人を追い込むことがあるなら、存在すべきではない。

討論は最終的に相互が理解しあうためにあるもので、途中の言葉が社会に晒されるものではない。夫婦の喧嘩の途中の会話が社会に永遠に晒されていいはずがない。

SNSやコメント欄を使うルール、社会的常識、民度を次のレベルに上げなくてはならない。人の命を守るために、真剣に考えるべき時が来たのだ。

著名人へのSNSの攻撃はあまりに一方的で、討論にもならない。

反論すれば炎上が拡大するだけだ。

「正義感を一方的に振りかざす」は、いじめに繋がる可能性がある。人の排除に繋がる可能性がある。子どもに対する「いじめはするな」と矛盾している。

はにかみながらテラスハウスに入ってきた22歳の木村花さん。

衝突を何度か繰り返した愛華さんとは、最終的に親友になった。その様子が番組のYoutubeで公開されている。最初は頑固に謝らない花さんだったが、最後は泣いてあやまる。「ずっと友達でいてほしい」という本音が、やっと出てくる。そのかわいげな様子を見ていると、本当にまだ22歳の子どもであり、人に責められるような子ではない。

そんな子が自殺を選んでしまったことは、個人的に本当に胸が痛む。

最後に、ここに書いたような正義感ではなく、単なる悪意を持つ人で花さんを責めた人には、私も怒りしかない。怒り以外に、何があるのか。

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