俳優のようなこの男の写真。そして1865という数字。あの暗殺事件。 映画『声をかくす人』

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映画のワンシーンを切り取ったようなクールな写真に見えるかもしれないが、これは現実社会のリアルな写真。

髪型はクールだし、ハンサムだが、手には手錠ならぬ手枷のようなもの。

彼は、アメリカ国務省長官ウィリアム・スワードを暗殺しようとして失敗した犯人ルイス・パウエル。

その日は今からはるか昔、1865年4月14日のことだった。

この写真は、その後に撮影されたモノクロ写真を、デジタルでカラー加工したものだ。

 

パウエルはその日、ワシントンのラファイエット・パークにあるウィリアム・スワードの邸宅に到着。

ナイフと銃を持った彼は、ヘロルドという仲間と共に、午前10時、ドアを叩く。

「国務長官の薬を持って来た」と主張するパウエルを無理やり邸宅に入るが、2階への階段の途中でスワードの息子フレデリックに止められた。

 

息子フレデリックは「父は寝ている」と嘘をついて追い返そうとしたが、看病をしていた娘ファニーが、看病していたその部屋から「父は起きてる」と叫んでしまった。

パウエルはそれを聞いて、フレデリックを油断させようと考えた。一度、帰るふりをして階段を下りたのだ。

そしてすぐに振り返り、フレデリックの頭にホイットニー回転式拳銃を突きつけ、引き金を引いた。

 

 

そのころ、ワシントンのカークウッドホテルでは、ジョージ・アツェロットという男が、副大統領アンドリュー・ジョンソンに銃を向けているはずだった。

しかし、彼はただバーで飲んだくれていた。

銃をはなったのは、ジョン・ウィルクス・ブースという男。ホテルではなく、『われらアメリカのいとこ』という芝居が開演したばかりのフォード劇場だった。

ボックス席のロッキングチェア席に座るあごひげの紳士に向けて銃をはなったブースは、まわりの者たちと揉み合いになったが、舞台に飛び降りて何事かを叫び、逃走した。

 

一方、パウエルがフレデリックに放った銃は不発だった。

しかし、銃床でフレデリックを殴りつけ、スワードの部屋に乱入。ナイフを彼に向かって振り上げた。

ここでもまわりの者たちが駆けつけ、パウエルと乱闘となった。彼が逃走をしようと決意したのは、スワードの額が血まみれだったからだ。

彼のナイフが彼の額を切りつけていた。

 

翌日、フォード劇場で頭を撃たれた紳士は死亡した。

彼こそは、時の合衆国大統領、エイブラハム・リンカーン。

 

ブースもパウエルも飲んだくれたアツェロットも、南部連合国のシンパだった。

 

すべてはブースが計画したものだったが、パウエルにヘラルドを同行させたのは、ヘラルドが地理に詳しかったから。

でも、ヘラルドに暗殺の勇気はなく、実際にパウエルと側近たちの乱闘中に逃亡した。この上の写真がヘラルドだ。

彼もパウエルもアツェロット、みんな絞首刑という結末が待っていた。

 

7月7日、左からメアリー・サラット、ルイス・パウエル、ジョージ・アツェロット、デビッド・ヘラルド。

 

1865という古い数字の時代の話を、現代のように思わせてくれたのは、この写真加工技術のおかげ。

Retrographic (Retrographic: History’s Most Exciting Images Transformed into Living Colour (Carpet Bombing Culture)というMichael Carrollの本からだ。

アツェロットもこんな風に蘇る。

 

あごひげの紳士。

ちなみに、ブースは当時有名な俳優だった。

絞首台に彼がいなかったのは、隠れていた小屋で包囲した兵士たちに撃たれたから。

一緒にいたヘラルドはすぐに投降していた。

 

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絞首台の一番左に立っていた、メアリー・サラットとは?
Retrographic: History’s Most Exciting Images Transformed into Living Colour (Carpet Bombing Culture)


http://www.dailymail.co.uk/news/article-5008311/Killers-color-Images-Abraham-Lincoln-s-assassins.html

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