直訳歌詞

ワイルドスピードが生んだ名曲 See you againの本当の意味 歌詞直訳

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同じメンバーで何十年も同じ映画を続けていると、そのうちの一人が亡くなったときに猛烈な哀しみが観客に降り注ぐ。

そんな希有な体験をもたらしたのが、映画『ワイルドスピード』シリーズと主演のポール・ウォーカーの死だ。

2001年、ドラッグ・レースを描いた『ワイルド・スピード』第一作は、まだフィルム感の残るB級映画だった。

今はデジタル化以降、圧倒的なハリウッドA級ムービーとなったが、7作目『スカイミッション』の撮影途中で交通事故に亡くなったポール・ウォーカー。

物語の最後まで兄弟の演技とCGで、撮影に最後まで参加したように感じることができたが、ラストシーンはポールのためだと誰もが感じることができるものだった。

もう一人の主人公ドム(ヴィン・ディーゼル)が一人車で帰ろうとして、交差点で止まっているとき、ポールの愛車スープラがとなりに停まる。

「さよならも言わないでいくのか?」

と問いかけるポールの顔は、今までのシリーズを観ている人にとっては何度も観たようなシーン。

「CGだ」とすぐわかるのが、「亡くなった彼がさよならを言いに来た」ように気づかせるのだった。

ヴィン・ディーゼルは、ポールがもうこの世にいないを知った上で、そこにいる。

それがまた悲しい。

 

そういった事情を踏まえて、そのときに流れる名曲『See you again』の歌詞を直訳と意訳で読み解く。

 

長い日になってしまったよ。君なしで。親友よ。
それに、また会ったら、そのことについて全部話すよ
俺たち、長い道を来たな。始まった場所から。
また会ったら、そのことを全部語るよ
また会ったら
——
まずはここまで。
亡くなったポールに歌っているとすれば、
「また逢えたら」としたくなるところ。
でも、この歌詞にはそういうニュアンスはなく、「また次に逢えたら」という意味になっている。
もちろん日本語では「また逢えたら」という意訳にはなる。
これは、この部分を作ったチャーリー・プースが、もともと彼の亡くなった友人に向けて書いたものだからだ。
仮定法にしていないのは、英語は気持ちで文ができるものだから。
仮定にすると逢えないことを前提とするものになり、生きている人のように「また次に逢えたら」という文にすることで、「君はもうなくなったけど、また会える」という気持ちを強くあらわすことができる。
I’ll というのがI would じゃないのも、実際は会えないけれど、気持ちをこめてI’llとなる。
英語はこういう表現が多く、実際のことを大事とする日本語とは違う。
それでも、最後にもう一度 When I see you again  と入ることで、「もし逢えるのならば」という仮定的な気持ちが入ってくる。
亡くなった人に向けた言葉なのだと。
また、「君なしで長い日になった」という歌詞に関しては「今度会ったときは、その長くなった理由について、いろいろ話したいよ」という意味。
——
※ここからラップ ポールに語りかけるようなシーン
くそ、誰が知ってる?
俺たちが飛び降りたすべての飛行機を
俺たちが通って(経験して)きた素晴らしいこと(思い出)を
俺がここ(思い出の場所)に立つだろうことを
もう一つの道(生き方)についておまえと話しながら
俺は知っている 俺たちが出かけ、笑いあうことが好きなことを  ※hit the road 出発する、出かける
だが、何かがそれは長く続かないと俺に語ったんだ
切り替えなきゃな
物事を違った視点で観ろ
大きな画で観るんだ
   ※hard work is worth it because it benefits you  努力は無駄にはならない
あのころは努力が永遠に報われる日々だったよ(あのころは無駄じゃなかった)
今は君がいい場所にいるとわかる
どうすれば家族について話さずにいられるんだ もし家族が俺たちが手に入れたすべてなら
俺が通ってきたすべてに、君は俺の味方だった
さあ、俺と最後の走りにいこう
—-
—-
※ここからポールが生きている親友に語りかける
最初は二人、違う道を往っていた

そしてバイブは強くなり、

その小さなことはフレンドシップへと変わっていった フレンドシップに
絆へと変わっていった 決して壊れない絆へ
そして愛は決して失われない
そして、最初に兄弟が来るとき
線は決して交わらず、独立している
そのライン(それぞれの映画の完成という説も)が描かれなければならないとき

そのラインは俺たちが辿りつくもの

だから俺が去ったときは、俺を思い出してくれ
—–
だからその光に君の道を照らさせて
すべての思い出を抱きしめて

君が行くときは、君の選ぶすべての道が君を家にいつも導くだろう
—–
少し訳が難しいのは
どうすれば家族について話さずにいられるんだ もし家族が俺たちが手に入れたすべてなら
ここだが、whenはifに置き換えられる。if family is all  「もし家族がすべてなら」
なので、すべてのラップパートに言えることだが、正しい文法ではなく、それを崩すことでラップの雰囲気を出している。
正しくすれば、
How can we not talk about family if family is all that we have?
となるが、we got のほうがワルっぽくていい。
また、最初の方のall the planes we flew以下を「世界を飛び回った」と訳す人がいるが、これは3つのことを誰が知っているんだ? ということなので、「飛行機」「良いこと」「立つこと」それぞれが独立している。

all the planes we flew

は、スカイミッションで飛行機から飛び降りたことを言っているのかもしれない。

そのミッションのあとに、家庭に入って刺激をなくし、悶々としていたブライアン(ポール)にドムが話しかけるシーンがあり、「おまえは飛行機から飛び降りた」という台詞がある。

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